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死を意識した時に何を語り合うか ─苦痛と苦悩の中にある人間理解とセルフ・アウェアネス
医療者に気持ちを語らない患者との関わり

死を意識した時に何を語り合うか ─苦痛と苦悩の中にある人間理解とセルフ・アウェアネス
医療者に気持ちを語らない患者との関わり

 淀川キリスト教病院のがん相談支援室(以下,相談室)は,筆者を含むがん看護専門看護師が3名所属し,がん患者の治療に関わる意思決定をサポートするため,がん患者カウンセリングを行っている。がん患者の治療や療養に関する意思決定は,初発の治療方針の決定のみでなく,治療後の療養生活も含めてがん治療の経過の全体で求められる。そのため,相談室では,がん患者カウンセリングを担当した看護師が主体となって,継続的な関わりを行っている。

 以下に,がん告知から緩和ケアへの移行まで,筆者が自問自答しながら関わりを続けた事例を紹介する。

死を意識した時に何を語り合うか ─苦痛と苦悩の中にある人間理解とセルフ・アウェアネス
「死にゆく人々とのコミュニケーション」を支えるもの

 本特集では,緩和ケアに関わるさまざまな専門職が関わりに困難を感じた事例を取り上げ,ケアを提供する側の心の動きに焦点を当てて,事例を通じて得た「気づき」や「学び」についての反省的記述(reflective writing)を試みている。治療を拒否する患者,医療者との話し合いを拒む患者,「生きている意味が分からない」と訴える患者など,それぞれ緩和ケアの現場においてしばしば経験される代表的な「困難な事例」への関わりが丁寧に描かれている。

 ところで,通常こうした事例紹介においては,患者や家族の抱える「問題」が記述され,それを専門職がどのように「分析」し,問題解決のために具体的にどのような「介入」を行ったのか,という筋立てで事例の経過が整理されることが多い。医師であれ看護師であれ,チャプレンであれ,いわば緩和ケアの「専門家の介入」による「劇的な成功例」の紹介がそれである。そこでは,明日からの臨床にすぐ役立つヒントとして,分かりやすい形で,エキスパートの知恵やスキルを示すことが期待されている。

 もちろん本特集でも,それぞれの論考で記述されているユニークな関わりから,有用な知見を引き出すことはできる。けれども,ここでの目的はこうした「専門家の介入」それ自体を紹介することにはない。むしろここでは,関わりを続けている専門職の側の心の動きや振り返りそのものに意味を見出している。その意味で,本特集の狙いは若干「分かりにくい」かもしれない。では,なぜこのような一見ケアの「舞台裏」ともみえることについて考える必要があるのだろうか。

らしんばん
緩和ケアマインドが根付く職場をめざして

 がん専門病院である当院は,比較的早くから緩和ケアに熱心に取り組んできたと自負しています。最近では「がんと診断された時から始まる早期からの緩和ケア」という言葉も広く認知されるようになり,緩和ケアについて,患者さん・ご家族へ説明する機会は増えました。当院の多くのスタッフは,自分の言葉で緩和ケアについて語ることができると思います。

 つい先日のことです。がん化学療法を開始して間もない男性患者さんが,「あるスタッフに対する苦情を言いたい」と相談支援センターにおいでになりました。患者さんは,「あれは押し売りだ! 緩和ケアに抵抗があると言ったら,緩和ケアとは…なんて滔々と語りだしたが,そんなこと俺には関係ない。緩和だか談話だか知らないが,俺は何をどうしてくれるのか知りたいだけで,言葉なんかどうだっていいんだ! 」と怒っておられました。私は患者さんの怒りを浴びながら,背中がスーッと寒くなるのを感じました。

症例報告
学童期の子どもを抱える終末期肺がん患者の家族への介入の1 例―緩和ケアにおける臨床心理士の関わり―

 わが国では,がん患者を親にもつ子どもへのケアに関して,厚生労働省支援事業であるHope Tree などの活動が始まっているが,患者と配偶者への支援は十分とはいえない。

 今回,学童期の子どもを抱える終末期肺がん患者の家族ケアを行うため,家族力動を評価し,親を支援する経験をしたので,緩和ケアにおける臨床心理士の関わり方を検討し,報告する。

調査報告
患者・遺族の緩和ケアの質評価・quality of life,医師・看護師の困難感と施設要因との関連

 緩和ケアの推進が国の施策として行われており,緩和ケアチーム(以下,PCT)を含む緩和ケアリソースが患者・家族・医師・看護師にどのような影響を与えているのかを評価することが求められている。緩和ケアチームが患者・家族の症状,quality of life,診療に対する満足度に良い影響を与えることは,個々の患者を対象とした臨床研究において示されている。しかし,国際的にも,臨床研究の範囲外で実際にPCT が患者・家族・医師・看護師にどのような影響を与えているのかを明らかにした調査研究はない。本研究の目的は,病院の施設要因,特に,PCT,緩和ケア専従医師などの緩和ケアリソースと,その病院の患者・遺族の緩和ケアの質評価・quality of life,医師・看護師の緩和ケアに関する困難感との関連を明らかにすることである。

ほっこり笑顔!季節のおやつ
水ようかん

 11月は水ようかんを提供します。水ようかんはたびたびご要望のある人気のおやつです! 甘さは人それぞれ好みもありますが,固さもおいしさの決め手となります。何度作っても,患者さんの「おいしい」の声が聞けるまでは,ちょっと心配です。

患者さんがくれた宝物
「俺はいつ死ぬんだ?」という問いの向こうにあるもの

 患者は,鶴見駿輔さん(仮名)55歳。妻と2人暮らしです。1年半前に,予後半年の大腸がん末期と診断を受けましたが,幸いにも治験や免疫療法で,1年余命が延長しました。しかし,3週間前に,主治医から「これ以上は積極的治療ができない。予後は2カ月。家で最期を迎えるなら往診医をいれましょう」と説明されました。

 往診が開始されましたが,みるみるADLが低下し,2週間前からPS(performance status)もグレード4になり,1週間前に訪問看護が開始されました。

 初回訪問時の鶴見さんの様子は,がん性悪液質,るい痩著明,終始険しい表情でした。横になると身体がつらいと言って,終日座位をとり,両下肢の浮腫が増強していました。看護師の声掛けにも応えず,うつむき,無言で,ようやく発した言葉は「何もしてくれなくていい」のひと言でした。その日は,バイタルサインズの測定しかできませんでした。

 他職種カンファレンスでは,今は否認や怒りの段階にあり,ケアを受け入れられない状況にある。もう少しこれまでの背景を聞いて,具体的なケアを考えていこうという結論に達しました。

いのちの歌
母さん どうなっちゃうの

在宅介護を始めて一年半が経ちました。素直で物分かりが良かった母さんはどこへ行ったのかしら。反抗的な態度が多くなってきました。

おさえておきたい!
腹水濾過濃縮再静注法のポイント

 腹水濾過濃縮再静注法(以下,CART)とは,がんや肝硬変などによって溜まった腹水を濾過濃縮することで,不用な水分や細胞を除去し,有用なタンパク成分を回収し,身体に戻す治療法をいう。腹水に対する根治的な治療ではなく,症状を緩和するための治療である。

画像で理解する患者さんのつらさ
こんなお腹じゃ,着られる服がないんですよ!

緩和ケアチーム看護師:婦人科外来から,緩和ケアチームへの依頼です! A さん,60歳代の女性で,大量腹水・呼吸困難・原発不明で緊急入院です。入院目的は,がんの病理診断と症状緩和です。

緩和ケア科医師:がん患者さんが入院になると,婦人科からはすぐコールがあるねえ。

緩和ケアチーム看護師:G先生が留学から戻ってきて,皆が変わった感じです。前は「まだ緩和ケアの段階じゃない」と言っていたスタッフまで,「早期からの緩和ケアよね」と言ってます!

緩和ケア科医師:OK。今日の回診リストの1 番ね!

活動報告
がん疼痛治療におけるメサドン導入に際しての地域がん診療連携拠点病院の取り組み

 大阪大学医学部附属病院(以下,当院)は,2009年に指定された地域がん診療連携拠点病院である。当院では2013年7月のメサドンの採用にあたり,適正使用ガイド,インタビューフォームのほか,先行文献を参考にして,メサドンによるがん疼痛治療体制について緩和ケアチームで検討し,管理マニュアルを作成したので報告する。

 要点は,①処方体制,②メサドンの開始方法,③ QT 延長のチェック体制,④内服困難・無効時の対応,⑤転院・退院時の対応,緩和ケアチーム専任薬剤師の役割である。なお,これらの事項は,当院の緩和ケアニュースやキャンサーボードを活用し,院内への周知を図っている。

CURRENT ISSUE
英国での看取りのケアのクリニカルパス Liverpool Care Pathway の動向について

 Liverpool Care Pathway(以下,LCP)は,2000年代初頭に英国で開発された看取りのケアのクリニカルパスである。欧州を中心に世界に20カ国以上で使用され,わが国では2010 年にLCP 日本語版がリリースされている。英国政府は,LCP をend―of―life care の医療戦略として推奨してきたが,2013年7月15日に英国の第三者評価機関によるIndependent Review の発表を受け,LCP に代わるend―of―life care の新たな枠組みを検討するよう求められている。このReviewでは,LCP 自体は適切に使用することでend―of―life care のガイドになることを認めつつも,英国の一部でLCPが不適切に使用されていた実態があり,改善の必要性を求めている。

 本稿では,今回のIndependent Reviewを中心に,LCPの一連の経緯について説明し,英国でのLCPの動向を解説する。

ケアとともに考えたい 患者・家族への経済的支援
緩和ケアにおける経済的問題の位置づけとその支援

 「武士は食わねど高楊枝」という言葉が示す文化や美意識は,最近のわが国では薄れてきているといわれるが,それでも「お金」に関する困りごとを他者に伝え,支援を求めることは,患者・家族にとっては高いハードルであることを,日々の臨床の中で実感している。であるがゆえに,医療スタッフがセンサーを働かせ,配慮をもって適切に介入することが必要であり,それが患者のQOLの維持・向上につながると考える。

 本稿では,全人的苦痛の中の社会的苦痛に位置づけられる経済的問題に焦点を当て,患者・家族が抱える経済的問題が,患者の身体・心・暮らしにどのように影響を与えるのかを踏まえながら,緩和ケアにおける経済的支援の必要性と支援上の留意点について述べる。具体的な支援(公的および私的資源の内容や活用方法)については,他稿を参考にしていただきたい。

◆ この文献の続きは、下記書籍からお読みいただけます。

Vol.23 No.5

緩和ケア 2013年9月号

¥1,500(税別)
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らしんばん
慢性病としてのがん患者に大切なこと

「とにかく治療を続けたい,続けているうちにがんが治る薬が開発されるかもしれない」
「この薬は高いけど,でももうちょっとで70歳になるから,安く医療が受けられるようになる,それまでがんばらないと損」

 治療を続けられる,それはその方の予後が延長できたという証です。本人や家族にとっても,社会とっても喜ばしいことだと思います。しかし,治療の継続が目的化していることに,疑問を感じることがあります。多くの方は,治療を開始する前に,化学療法の目的と治癒は望めず,がんとの共存を目指すことの説明は受けているのだと思います。でも,本人と家族の心情としては,現代の医療の進歩に期待をかけています。予後見込みが週単位,そのような時期まで化学療法を継続し,そのまま自宅で過ごし,看取りのために亡くなる直前に入院する,そんな方も珍しくはありません。有害事象の比較的軽い化学療法をギリギリまで継続することで,本人と家族が死を考える,死と向き合うという時間がなくなっているように思えます。治療の中止直後から急速に病状が進行し死を迎える,そんな方が少なくありません。

調査報告
病院勤務医のがん患者への予後告知の現状―在宅緩和ケア遺族調査から―

 今回,国内における予後告知の実態を検討するため,宮城県と福島県の6つの診療所において,在宅緩和ケアを利用したがん患者遺族を対象とする質問紙調査を実施した。具体的には,病名,質的予後,量的予後という3 つの側面を区別したうえで,病院での告知の有無を確認するとともに,それぞれの情報提供に際して,患者本人の意思がどの程度反映されているかを明らかにすることを試みた。

わたしのちょっといい話
ホスピスキッチンの小さな物語

 ピースハウス病院は,平塚・二宮・秦野と境を接する神奈川県中井町の丘陵に位置し,ホールや食堂の大きな窓からは,近くに丹沢を,遠くに富士山を眺めることができます。海へも近く,自然に囲まれた風光明媚な立地です。「自然の奏でる風の音の中で,家族の言葉を聞きながら旅立てる場所,心ゆくまで別れを惜しむところがほしい」との思いから,この地に建てられたと聞いています。

 当院が,わが国初の独立型ホスピスとして開設される1 カ月前に,私は調理師として着任しました。以来20年間,22床の患者さんやご家族を,食事・栄養の面から支えています。今回,このような執筆の機会をいただき驚きましたが,小さなキッチンでのささやかな取り組みと,それを支えてきたスタッフのエピソードをご紹介できれば幸いです。

海外事情
St Christopher’s Hospice の現在

 「がん対策基本法」施行後のわが国で,緩和ケアの広がりが顕著になる中で,昨年のOurLady’s Hospice&Care Servicesに続き),今一度ここで,ホスピスケアの原点をみつめてみたいという思いがあった。この報告では,現在のSt Christopher’s Hospiceが,以前と比べどのように変化したのか,という内容を中心にまとめてみたい。